南部修一のブログ

やさしい人になりたいww

    

 

ここ最近、自分に”やさしさ”がないということを

あらためて痛感したことがありましたので(汗)

 

今朝はこの本を読みなおしてみました。

 

 

やさしい人 ~どんな心の持ち主か~

加藤諦三(かとうたいぞう)先生 著

 

 

事務所に置いてあるこの本を読むたびに

やっぱり自分はやさしい人ではない、ということに

いつも気づかされてはいるのですがww

 

やさしい人ではない、自分はやさしくはない

などと、いくら言い訳をしていても始まりませんので

 

どういう人がやさしい人なのか?

どうすればやさしい人になれるのか?
 

 

”やさしさ”を少しでもまとえるようになるために

とりあえず、本の中で気になった言葉を拾いながら

ここに書き出してみようと思います。

 

 

 

◆やさしい人とは、相手に安らぎを与えられる人のこと

◆相手の話に耳を傾けてあげれる人のこと

◆何かできること、お手伝いできることはありますか?と相手に聞ける人のこと

 

◆やさしい人は、人とふれあって生きている、人とふれあうことでエネルギーがでる

◆やさしい人は、いっぱい涙を流す

◆見返りを求めない心こそ「やさしい心」

 

◆一緒にいるだけで心が安らぐ人、何かしてくれるわけではないが、癒される人

そういう人は自分の利益以外の何かのために苦労をしてきている人である

 

◆「ごめんねー」と「ありがとう」が素直に言える人、それがやさしい人

 

◆辛さに耐えていることを分かってあげれる人、頑張っていることを認めてあげれる人、それがやさしい人

 

◆自分が相手に何かを期待しているだけで、自分のほうから相手の苦労や気持ちを労わろうとしていないことに気づけば、傲慢な人からやさしい人になれる

 

 

◆相手を見ないやさしさは、本当のやさしさではない。

人にやさしくするには、相手の心を分かろうとしなければ無理である。

 

◆やさしさは人を小馬鹿にしないこと

やさしさを演じる人は、相手をイライラさせる。なんとなく不愉快な気持ちになる。

 

◆相手が意欲的でないときの励ましは、相手を苛立たせる。ストレスで追い込まれる。

人は励ましの言葉で励まされるわけではなく、気持ちを分かってもらえることで元気になる。

 

 

◆反動形成からの過剰な親切は、相手の気持ちを汲み取っていない。自分の売り込みが多い。

 

◆「人類を愛する人」は冷たいが、「隣人を愛する人」はやさしい。

「人類を愛する人」は経験ではなく、理屈で愛を学んでしまっている。

 

◆自分の本性に逆らったら、やさしい人にはなれない。まずは自分の本性を探してみる。

自分の本性を見つけるためには

「喜びの体験をする」

「必要でない人とモノを捨てる」

「自分が無理をしていることを認める」

 

◆やさしくなれない人たちは「自己蔑視している人」「甘えている人」「ナルシシスト」などの傷つきやすい人。

その人たちに共通している問題点は「嫌いな人から離れられない」ということ。

やさしい人は、相手が嫌いなら、その人たちから離れる努力をするが、やさしくなれない人は嫌いな人に執着する。

 

◆やさしい人になりたければ、やさしい人と接することが必要。

 

◆やさしい人は、イヤな人にいつまでもかかわらないが

やさしくない人は、嫌いな人や嫌いなことにいつまでも関わる。執着である。

 

◆やさしい人は、好きな人や好きなことにこだわる。それが愛着である。

 

 

◆一つ一つのものを大切にすること

一つ一つのことをきちんと終わらせること

それが日々の心理的成長になる。

 

◆いつまでも過去に執着する人は、過去に戻って自分を取り戻そうとする。

それは過去の不幸の代償を求めているということだが、過去に戻っても自分を取り戻すことはできない。

その努力では「安らぎ」は築けない。

「やさしさ」は今までのことを水に流してあげること。

自分がいつもきれいな心で生きていること。

 

 

 

書き出していて思ったことですが、

人の辛さを無視してしまうところ、

人の弱さや悲しみ、怒りを分かち合おうとしないところ

そういうところに南部さんの弱さがあるように思いました。

 

まあ、そうしてしまう理由は、自分でも理解はしていますので

それに気づいた今、少しずつ自分の弱さを克服していけると思います。

 

 

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