比較サイトは電力業界の敵ではなく、自由化を支える存在である

 

1.電気料金の透明性は、公共インフラの前提である

 

電力業界の中には、電気料金をわかりやすくする比較サイトの存在を歓迎しない人もいるのかもしれないが、よく考えてほしい。

電気の小売りは自由化されているとはいえ、電気自体は国民生活に不可欠なインフラである。

それは業界の人間なら誰でも自覚していることだろう。

国民生活の必須インフラである以上、その料金に正当性なり透明性なりが担保されていなければならないことも、理屈としては納得できるはずだ。

逆にいえば、公共の送配電を用いて配られる電気は贅沢品や嗜好品ではないのだから、その料金がブラックボックスであってはならないのだ。

仮に、電気を嗜好品と捉え、その料金もブラックボックスで問題ない、料金の根拠を示す必要はないと主張するならば、公共性の高いインフラを担う事業者として、その姿勢に疑問を持たざるを得ない。

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2.比較できなければ、電力自由化は機能しない

 

そもそも電力自由化の目的は、市場競争を通じて消費者が恩恵を享受することにあったはずだ。

そして、その競争が健全に機能するための大前提が、消費者が各社の料金を容易に比較できる環境である。

料金が不透明なままでは、消費者は合理的な選択ができず、選択がなければ競争も生まれえない。
料金の不透明化は、自由化の理念そのものを空洞化させる行為に他ならないのだ。
 

3.比較を拒む電力業界が、今こそ見直すべきこと

 

電力各社が使用しているのは公共の送配電ネットワークである。
公共インフラを利用しながら、料金の根拠を開示しないことには本質的な矛盾がある。

にもかかわらず、自由化以降、旧一般電気事業者(大手10社)の中ですら、実際の電気料金が分かるシミュレーションを非公開にしたり、意図的に目立たない場所に配置したりする事業者が見受けられる。

その意図が「比較されることによる競争の回避」にあるのだとしたら、それは極めて内向きな姿勢と言わざるを得ない。

自由化の前提である競争を拒みながら、公共設備のもたらす利益は享受する。この矛盾がどれほど重大な意味を持つのか、業界全体が今一度真剣に見つめ直す必要がある。

電力業界は、「国民の生活を預かるインフラ事業者」であるという原点に立ち返り、比較サイトを敵視するのではなく、むしろ自ら進んで分かりやすい情報開示のルール作りに取り組むべきではないだろうか。

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